神田本店(現・秋葉原本店)が開店して1年余り。少しずつ『九州じゃんがら』の美味しさ、面白さが広がりを見せていた頃、下川は疲れからか高熱を出して寝込んでしまった日がありました。
身体は休めつつも情報だけは得ておこうと、ぼんやりとしながら新聞を広げていると、何気なく視界に入った物件情報枠の「原宿好物件」という文字が目に止まりました。
原宿といえば、高校時代、熊本から修学旅行で訪れた懐かしの地です。 表参道の喫茶店に入れば、アイスコーヒーは「レイコーください」と注文するのがオシャレなんだと、テレビやラジオで見聞きした情報を真に受けて、皆で笑いながらアイスコーヒーを注文した光景が蘇りました。
そんな思い出のせいもあって、その物件が妙に気になりました。

しかし、ブルカン塾の経営基盤の立て直しに皆が一致団結して取り組んでいる最中です。神田本店を軌道に乗せること以外、まったく頭にない時期でした。
一旦思い直して、新聞を読み進めていましたが、胸騒ぎがして、どうしても忘れてしまうことができません。
悩んだ末、ものは試し、話を聞くだけのつもりで下川は不動産店に電話をかけました。
すると電話はワンコールでつながってしまい、おずおずと原宿の物件について下川が尋ねると、担当者は実に巧みな喋りで、あれよあれよという間に、下川は熱も下がらないまま内見に出かけることになっていました。
ところが、見学した先は期待に応えるどころか、箸にも棒にもかからない物件でした。下川は病身をおしてまで足を運んだ自身を嘆き、落胆をそのまま言葉にしました。それを聞いた担当者は少しだけ考えて、「実はとっておきの場所があるんですよ」と得意げな顔になり、そのまま次の物件へと下川を案内しました。

下川が修学旅行で歩いた場所そのもの。原宿駅のすぐ近くで目の前の道路は、大晦日は歩行者天国(当時)。およそ400万人の参拝客で溢れる表参道。これ以上ない物件です。
下川は足が震えました。この物件に出会うために熱を出したのかもしれないとさえ考えました。
すぐさま物件のビルの下に神田本店の店番以外のメンバー4人を招集し、新店舗の提案をします。
下川の無謀とも思える提案に、一同は動揺したものの一蹴することなく、青褪めたり、紅潮したりしながら、皆で輪になって議論を交わし、最終的には下川の熱意に圧倒される形で出店を決めたのでした。

表参道の歩行者天国 1980年代の原宿店周辺(出店前)