交流を通して教養や見聞を広めるための場所を作りたいという思いから、1990年、原宿の東郷神社近くに「バール・デ・じゃんがら」をオープンしました。単なるバーではなく、屋号に「文化交流倶楽部」と付け加え、いろんな音楽に触れる機会を設けたり、様々な交流会や、勉強会を開催したりしていました。

そんな頃、入社したばかりのあるスタッフが、オペラを嗜むということで、彼に歌ってもらうことになりました。
彼の伸びやかで豊かな歌唱力にみんなが聴き入りました。そして彼が歌った中に「見上げてごらん夜の星を」がありました。
坂本九さんの歌で1963年にレコード発売された曲です。
歌詞の一節が琴線に触れました。《 手をつなごう僕と、追いかけよう夢を、ふたりなら苦しくなんかないさ 》このフレーズがまさに当時の私たちに重なり、彼の歌唱力も相まって感動から涙していました。
この出来事をきっかけに、何かにつけて「見上げてごらん夜の星を」を皆で歌うようになりました。スタッフのお父さんのカラオケスナックに毎月1回集まり、懇親会を開いていましたが、そこでも必ず歌いました。 それから、入社式や社内旅行、交流会など折に触れて歌いましたので、自然と「見上げてごらん夜の星を」は、九州じゃんがらの心のうた、社歌となったのです。

1993年に原宿1階店(現・原宿店)が開店すると、作詞家の永六輔さんがご来店くださるようになりました。奥様と一緒にご来店くださることもありました。
永さんのご自宅は表参道を挟んで店舗の向かい辺りにありましたので、私たちが朝、表参道を掃き掃除していると通りかかられることもあり、「おはようございます」とご挨拶すると、いつも会釈を返してくださいました。

「見上げてごらん夜の星を」が私たちの心の歌、社歌であること、感謝の気持ちを作詞をされた永さんにお伝えできたらと常々思っていました。
しかし、九州じゃんがらでは、著名人、有名人の方であっても、ご来店されればお客様です。ご迷惑となるような特別な対応はしないことにしています。
どうしたら、自然な形でお伝えできるかを考えた末、入社式などで使用している歌詞カードをお見せすることにしました。 まもなくして、永さんがご来店されましたので、「見上げてごらん夜の星を」を社歌とさせていただいていることをそっとお伝えし、歌詞カードをお見せすると、「ムフフッ!」と声を出して笑っていらっしゃいました。
その場で特にご返事はいただけませんでしたが、私たちとしては永さんご本人にお伝えできたことで十分でした。
しかし、しばらく経ってのことです。永さんのラジオ番組を欠かさず聴いているという方から、番組内で永さんがこのように仰ったと私たちに伝えられました。

私の作った「見上げてごらん夜の星を」を大事に歌ってくれている会社があるんです。
私がよく行く原宿のラーメン屋さんの会社なんですけどね。すごく嬉しく思っています。

TBSラジオ「永六輔の誰かとどこかで」より

本当に感激しました。私たちが社歌にしていることを永さんが公認してくださったのです。
私たちとしては、お伝えできただけで満足でしたが、永さんが心に留めていてくださり、ラジオ番組の中でそのことに触れてくださったことは、私たちに心の繋がりがあったからこそではないかと大変光栄に思っています。