秋葉原本店をオープンして、少しずつ『九州じゃんがら』の美味しさ、面白さが広がりを見せていたある時、疲れからか、下川は高熱を出して寝込んだ日がありました。
身体は休めつつも情報だけは得ておこうと、多少ぼんやりとしながら新聞を広げていると、何気なく目を止めた物件情報の枠に「原宿好物件」とありました。

原宿といえば、熊本の高校から修学旅行で訪れた地です。
表参道を歩いて、喫茶店でアイスコーヒーは「レイコーください」と注文するのがオシャレなんだと聞き、みんなで大笑いしながらアイスコーヒーを頼んだ思い出が蘇りました。そのせいもあってか、とてもその物件が気になり、たまらず下川は広告の不動産店に電話してしまいます。

「秋葉原本店を軌道に乗せるんだ!」「ブルカン塾を支えるんだ!」「皆の生活を支えるんだ!」という一心不乱の最中です。2号店なんてまったく計画にない中でした。ただ、胸騒ぎがして、忘れてしまうこともできず、ためらいながら不動産店に電話をかけると、すぐにつながってしまい、おずおずと尋ねると「すぐ見に来てください!」と言われてしまいました。
引くに引けなくなった下川は、熱も下がらないうちに出かけてしまいます。

ところが、案内された先はあまりにも酷い物件で、落胆した下川は「ちょっとひどいじゃないですか。僕は熱があるのにここまで来たんですよ。がっかりだなぁ。」と不動産店の方にぶつけました。するとすかさず、案内の担当者は、「実はとっておきの場所があるんです」の返事とともに、下川を案内したのが、現在の「表参道じゃんがら2F」の場所でした。

下川が修学旅行で歩いた場所そのもの。しかも目の前の道路は、(当時は)大晦日は歩行者天国。参拝客でおよそ400万人の人で溢れる表参道です。下川は足が震えました。しかし、「この物件に出会うために熱を出したのかもしれない」とも考えました。

すぐさま現地にスタッフたちを集めて、物件のビルの下で、みんなで輪になって、「実はね、これだけのお金がかかるんだけれども、どうだみんな?この店で『九州じゃんがら』やってみるか?」
それぞれがドキドキしながら、青ざめながら、興奮しながら、「よしやろう!」と決めた瞬間の光と風を、下川は鮮明に覚えているそうです。

オープンして、いろいろなお客様が来店される中で、わざわざ下川を呼びつけて、この通りが「倒産通り」といわれていることを得意げに教える方がいました。
「えっ、トウサン通り?父さん母さんの父さんですか?」とあえて笑って流そうとすると「いやいや、会社が倒産する倒産通りだよ!」と笑いながらも念押ししてきます。「嫌なお客さんだなぁ」と思いながら下川は「わかりました!父さんが見守ってくれてると思って、頑張りますんで、よろしくお願いします!」と笑い飛ばしたそうです。(そのお客様はその後、常連客になっていただきました)

当時の原宿は、まさにDCブランド最盛期で、ハウスマヌカンと呼ばれた働き者の若い女性たちが、毎日のようにお食事にみえていただき店を支えてくださいました。

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